地元新潟の紹介(社報「ゆてき」より)

自然シリーズ:潟(1)「鳥屋野潟」

本年度の表紙テーマは、新潟という地名の由来となっている「潟」シリーズです。その第一回目は、JR新潟駅の南約2キロに位置する「鳥屋野潟」を紹介します。

鳥屋野潟は、新潟市の中央部の田園地帯である亀田郷と呼ばれる低平地の最も低い場所に位置しています。亀田郷は信濃川と阿賀野川そして両河川を連絡する小阿賀野川に囲まれた範囲を言います。亀田郷は周辺の川の水位よりも低い位置にあり、昔は芦沼と呼ばれ、農民は冷たい水に腰までつかりながら田植えや稲刈りを行っていたそうです。当然、昔から水の被害にも悩まされてきました。そのため、雨水の調整池として流域の水害低減に役立ってきたのが鳥屋野潟です。戦後、利水・治水や土地基盤整備が進められ、鳥屋野潟に流れ込む水を強制的に信濃川に排水するために、親松排水機場(S43年)と鳥屋野潟排水機場(H15年)が建設され、浸水被害を大幅に軽減できるようになっています。おかげで、県内でも有数の穀倉地帯へと変貌を遂げました。

鳥屋野潟はこのような実利面はもとより、市民の憩いの場として大規模な公園とする整備が続いています。春には周囲に植えられた約2000本の桜の木が咲き誇り、冬の白鳥をはじめとする四季折々の野鳥との出会いも楽しめます。これまでに、女池(めいけ)地区、撞木(しゅもく)地区およびスポーツ公園が開園されています。女池地区は潟の北に位置し、自然科学館、県立図書館などの文化施設を中心に桜並木、展望台あるいは散策路などがあります。撞木地区は潟の南岸に沿って広がり、桜並木の遊歩道の脇に日本庭園、川遊びを体験できるせせらぎ、メイン広場等多くの施設があります。この地区はスポーツ公園と一体的に整備されており、スポーツ公園には、アルビレックス新潟のホームスタジアムであり、2002年のワールドカップサッカーの会場ともなったビッグスワンスタジアムや昨年プロ野球オールスター戦が行われたECOスタジアムがあります。これらの施設を中心として、多目的運動広場やカナール等の修景施設、自然生態園等も整備されています。

ECOスタジアム(左)とビッグスワンスタジアム(右)

ECOスタジアム(左)とビッグスワンスタジアム(右)

鳥屋野潟夕景

鳥屋野潟夕景

カナール

カナール

女池地区鳥屋野潟公園入口

女池地区鳥屋野潟公園入口

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自然シリーズ:潟(2)「佐潟」

自然シリーズ二回目は佐潟(さかた)を紹介します。

佐潟は、新潟市の西の端に位置していて国内最大級の「砂丘湖」といわれ、海岸線を形成する新潟砂丘の低地に水がたまってできたものです。この地域は、佐渡弥彦米山国定公園の一角に位置しています。潟全体の形状はボーリングピンのようで、頭の部分に相当する小さな上潟(うわかた)と胴部分の下潟(したかた)の大小二つの潟から形成されています。潟の面積は併せて約44haで、平均水深は1mと浅く船底のような形状をしています。

この佐潟に流入する河川は無く、周辺の砂丘や松林からの湧水や雨水によって湖水が維持されています。因みに、成立時期ははっきりしないものの、縄文時代以前に遡るとされています。潟周辺の斜面には砂丘が広がっており、タバコやスイカ、大根などの栽培が行われています。どの畑も、水供給用としてのスプリンクラーが設置されており、砂丘農業の大変さが見て取れます。

潟の入口には「佐潟水鳥・湿地センター」があり、自然環境保護等について普及啓発活動を行っています。館内には、10台のフィールドスコープを設備した観察スペースや佐潟に関する展示スペースがあります。佐潟は、冬でも全面結氷しないため、コハクチョウやカモ類等多くの水鳥の飛来地として知られ、1996年に日本で10番目のラムサール条約登録湿地になっています。

周辺湿地部は主にヨシ群落で覆われており、絶滅が危惧されているオニバスやミズアオイをはじめとする希少な湿生植物が生育しています。

潟の周囲には木道を含めた遊歩道が整備されており、センターを起点として三つの周遊コースがあります。距離も約1kmから約6kmと自分にあったコースを選んで、野鳥や水生植物を観察しながらのんびりと歩くことができるようになっています。興味のある方は是非一度足を運ばれてはいかがでしょうか。

角田山と佐潟

角田山と佐潟

木道のある遊歩道

木道のある遊歩道

佐潟水鳥・湿地センター

佐潟水鳥・湿地センター

砂丘でのタバコ栽培

砂丘でのタバコ栽培

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自然シリーズ:潟(3)「福島潟」

自然シリーズ第三回目は福島潟を紹介します。

福島潟は新潟市の東方(北区)に位置し、潟と名のつく湖沼の中では新潟県内で最大のものです。ここには、オオヒシクイやオニバスをはじめとする貴重な動植物が数多く見られ、全国でも有数の自然の宝庫です。220種以上が確認されている鳥たちにとって、繁殖地、渡りの中継地あるいは越冬地として利用されているため、日本で最初の「一級鳥類観測ステーション」が設置されています。雁の仲間であるオオヒシクイは、国の天然記念物の渡り鳥で、ここ福島潟は日本一の越冬地として知られています。

また、450種以上の植物が確認されており、なかでも葉の直径が2mを超えるオニバスやミズアオイ、ミクリ等の希少植物の北限の自生地としても知られています。

春には、残雪の五頭連峰を背景に、湖畔一面に菜の花畑が広がり、多くの観光客で賑わいます。夏には水生植物や鳥のさえずりがピークを迎えます。秋には田んぼアートが見ごろを迎え、寒い冬には多くの渡り鳥で賑わいます。一年を通して楽しめる福島潟です。

福島潟に来てまず目に留まるのが、「ビュー福島潟」です。潟の歴史や動植物を紹介すると共に、自然に関する写真展や企画展が随時開かれています。建物の高さは29mあり3階から上は全面ガラス張りで360度の展望が楽しめます。

周辺施設には、ヨシ葺き屋根の休憩所「潟来亭」、野鳥観察の拠点となる「雁晴れ舎」、阿賀野川を取り巻く自然や生活、新潟水俣病についての展示がある「県立 環境と人間のふれあい館」、遊泳施設などがあり、宿泊施設も併設されています。

田んぼアートは2009年から開始され、紫稲、黄稲といった6種類の稲を使って田んぼに絵を描いていくものです。今年は、トマト、ナス、コメをテーマにした「北区の三銃士」が小学生からの公募で選ばれました。この絵をメインに、震災の早期復興を願い「がんばろう日本」の文字が描かれています。いついっても楽しめる福島潟へ行ってみませんか。

ビュー福島潟

ビュー福島潟

蕾のオニバス

蕾のオニバス

震災の復興を願う田んぼアート

震災の復興を願う田んぼアート

福島潟全景

福島潟全景

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自然シリーズ:潟(4)「弁天潟」

自然シリーズの最終回は、弊社の所在地である聖籠町の「弁天潟」を紹介します。

弁天潟は、弊社東基地の南東約5キロにあり、新新バイパス蓮野ICからは数分でアクセスできます。この潟は、その昔、旧加治川とつながっていて、入り江のようになっていました。その後、新発田藩による加治川の治水工事のときに潟として形作られたもので、ジュンサイやヒシが多く繁茂していました。昭和39年の新潟地震により、潟の底が隆起し潟の様相が一変しました。昭和61年に聖籠町が潟の所有者である二宮家と借地契約を結び、ヘドロや浮草の浚渫を行い、昭和63年8月に現在の風致公園として再生されました。

弁天潟はもともと、この付近一帯を支配していた二宮家が新発田藩より借財の形(かた)として譲り受けたものでした。この二宮家は、新発田藩領蓮潟興野の名主職で、後に代々庄屋格として持て成された家柄で、新潟県有数の大地主であり、弁天潟をその一部とする広大な庭園(静勝園)、屋敷、多くの蔵を敷地内に構える豪農でした。平成18年には敷地内に残る建造物が、聖籠町としては初めて、国の登録有形文化財として登録されました。板塀に囲まれた邸宅には、現在も9代目の当主と家族の方が住まわれています。同家では、6月頃に、ご当主が育てられたバラ園と広大な庭園の一部を一般に公開しており、多くの人で賑わいます。また、今年からは秋の紅葉時にも公開されるようになりました。庭内には様々な形の灯篭や手水鉢が木々の間に配置され、趣きを添えています。また、潟に突き出して建てられた茶室(涼亭)の近くには、きわめて珍しい亀甲竹が見られます。

弁天潟では、春には桜の花が咲き誇るなかで、「弁天潟さくら祭り」が開かれ、夏は蓮野という地名の由来となった蓮の花が咲きます。11月下旬には白鳥や鴨が越冬のために飛来し、潟上を賑わします。このように弁天潟は年間を通して自然豊かな風致公園です。これからの季節、弁天潟へ白鳥の舞う姿を見に出かけてみませんか。

弁天潟と白鳥

弁天潟と白鳥

二宮邸の入口と坂塀

二宮邸の入口と坂塀

弁天潟風致公園入口

弁天潟風致公園入口

亀甲竹

亀甲竹

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